桃山学院教育大学 桃山学院教育大学
Team桃教

私たちとともに
自分を磨き続ける
旅に出よう
──人格の完成の道へ。

MESSAGE MOVIE

一丸となるから、多様性が光る。
理念が生み出す「Team 桃教」

すべての教職員が一丸となって、学生のみなさんの挑戦と成長を支える「Team 桃教」。ここには、私たち桃山学院教育大学が他と一線を画する唯一無二の存在意義が凝縮しています。大学教員という主体的存在が、それぞれの強い問題意識、研究分野の垣根を超えて、一つのチームになるということは、決してたやすいことではありません。それは、大学と教員に大胆な意識転換を求める、極めて困難な改革といっても過言ではありません。では、なぜ桃教では、それが可能だったのでしょうか。それは、桃教には人間教育の理念があるからです。大学のすべてを貫く人間教育の理念から教育の本質、教師の本質を考えるとき、私たち教員のめざす方向性はおのずと明らかになります。それが、学生の人間的な成長・発達のために私たちは存在するということ、その使命を達成するためには全教員が一つになるということです。桃教の教員は、多様な領域において卓越した見識と専門性を誇る第一線の研究者であると同時に、学生を本気で育む「Team 桃教」の一員でなければなりません。「Team 桃教」は、みなさんの「師」となるべき私たち自身が、その役割にふさわしい姿を追求する信念と決意の表明でもあります。

果てなき人格の完成の道をともに愚直に
先を歩く私たちの背中をみて歩んでください

「Team 桃教」は、「師」としての自覚とさらなる人間的成長を教員に求めます。それは私たちが、教育の道を志すみなさんの前を歩く存在だからです。その姿に憧れを感じ、尊敬の念を覚えたとき、みなさんの心は大きく動き出すに違いありません。「先生のような人になりたい」と強く願えば、「学びたい」「知りたい」「挑みたい」という前向きな情熱がおのずと生まれ、4年間の大学生活は実り多き、かけがえのない時間へと変わります。もちろんそこにあるのは、明るいポジティブな感情だけではないでしょう。私たちをみてがっかりすることもあるに違いありません。私たちは、完全無欠な存在ではないからです。自分たちにがっかりし、つらく、悲しく、寂しい気持ちになることもあるわけですから。しかし、だからこそ私たちは、みなさんとともに成長したいと考え、みなさんのことを理解しようと努力します。若いみなさんもまた、これまでの人生の中で「つらさ」「悲しさ」「寂しさ」を心に秘めているに違いないと考えるからです。大切なことは、そんな自分を否定しないことです。自らの心の痛みを理解し受け入れられる人だけが、他者の心を少し理解できる人になれる、そして子どもに寄り添うことができる人になれるからです。みなさんも、私たちも、ともに完全無欠な人間など一人もいません。人間教育がめざす「人格の完成」という果てなき道を自問自答しながら愚直に歩み続けられる人は、そのことを強く、深く自覚している人です。先を歩く私たちの懸命に歩く努力が、みなさんの心に届くことばを生み出し、みなさんに「生きるとは何か」「教育とは何か」「本物の教師とは何か」といった重要な問いに出会い、その解を考える力になると信じています。

大学という「最後の学校」で
挑戦し、人生を生き抜く糧に

「Team 桃教」についての私たちの決意についてお話ししました。だからこそ、みなさんの人間的成長のために心に刻んでほしいことをいくつか伝えたいと思います。まず一つは、上手くいかないことを人のせいにしてはならないということです。先ほど「本物の教師」ということばを用いましたが、その最大の条件の一つは、うまくいかないことを子どものせいにせず、自分の指導やあり方の課題にして、それを改善しようとできることです。うまくいかないときは、自分の指導方法をみつめなおし、自分という人間の在り方を問いなおすことしか私たちにできることはありません。自分をみつめみなおすしんどさから逃げた途端に、教師は迷い道に入り込んでしまいます。二つめは、現状を批判するだけでなく、みんなで知恵を出し合って次の一手を考え、実行に移す人になってほしいということです。私たちが人生を生きるこれからの時代は、容易に解などみつからない難問が次々と私たちの前に立ちはだかるでしょう。大学生活においても、このことは求められ、文句や批判をするだけでなく、みんなで知恵を出し合って次の一手を考え、実行に移そうとする人が、大学生活を有意義なものにしたり、人間的成長を手にしていったりします。大学での生活の要となる日々の授業も、教員と学生が一緒になってつくり上げるものです。それは、商品として教員から与えられるモノではなく、自らも教員に意見を述べながら、ともによりよいものにつくり上げる姿勢が自分を磨きます。何事も、文句や批判だけではよくならない、よくしようと努力する人こそが我が身を磨いていける――互いにこのことにしっかりと目を向けて、さまざまな機会を捉えて、受け身の立場から能動的な立場に、お客さんから主体的に学ぶ人へと、自問自答することが大切です。大学院に進学する場合を除けば、ほとんどの人にとって大学は、「最後の学校」になります。臆することなく全力で挑戦し、その体験を糧に人生を生き抜いてほしいと願います。

AIの時代も怖くない。
人間性こそが不変の価値

将来、AIが人間の知能を超える時代(シンギュラリティ)が到来するとも言われています。AIによってなくなったり、取って代わられたりする仕事や職業もあるでしょう。しかし、仕事や職業は人間に取って代わることができても、AIが人間性や人格を手にすることはできません。そのような時代には、一層人間性や人格のあり方が人間の存在意義となります。現在、強いAIと言われる、自ら考え成長しようとするような総合型人工知能はまだ存在していません。しかし、もしそのような優れたAIが誕生したとしたら、そのAIは人間性や人格に優れた人間に心を動かし、薄っぺらな人間性や人格の人間には落胆することでしょう。人間性や人格のあり方が、人類の存在を決めるものにもなりかねません。豊かな人間性や高い人格、深い人格は、どんな時代にも色褪せないどころかますます輝く、人間にとっての不変の価値です。桃山学院教育大学で、私たちとともに人格を磨き続ける旅を始めましょう。そこまで近づいているAI社会が、その時代を生きる子どもたちが、まだみぬあなたとの出会いを待っています。

人間教育学部長
鎌田 首治朗教授

専門分野
国語教育学、教育評価、教員養成、人間教育学

京都市立小学校教頭から環太平洋大学教授、奈良学園大学教授を経て現職。全国的な学力調査に関する専門家会議委員、日本人間教育学会理事・幹事長も務める。「真の読解力を育てる授業」(図書文化社)など著書多数。趣味は映画鑑賞。ミーハーを自認し、一番好きな映画は、「アベンジャーズ・エンドゲーム」。多忙な隙間を縫って週に1、2回はジムで汗を流し、心身をリフレッシュする。

休日はジムバッグを片手に
リフレッシュを欠かさない。